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アラン ペイトン生誕115周年をGoogleロゴで祝福!!

更新日:

本日2018年1月11日のGoogleのトップページのロゴに変化があります。

アラン・ペイトンさんの生誕115周年を祝福してロゴが変わっています。

『アラン・ペイトンさんって誰?』と思う方もいらっしゃいますと思いますので、改めて紹介します。

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アラン・ペイトンさんって誰?どんな人?(生い立ちと経歴)

本名 アラン・ペイトン
生年月日 1903年1月11日
1988年4月12日(南アフリカ)
職業 作家・政治家
生まれた場所
ナタール州(当時)

アラン・ペイトンさんは、南アフリカ共和国の白人作家であり、政治家でもあります。

上記の赤い丸の部分が南アフリカ共和国の場所です。

彼は、ナタール州(現在のクワズール=ナタール)で生まれました。

南アフリカ共和国といえば、2010年6月11日から開催されたFIFAワールドカップの開催地として有名です。

 

南アフリカ共和国のワールドカップには約30万人の訪問者がきましたが、あるアンケートの結果では訪問者の95%以上の方が、『良い』『とても良い』開催地だと評価したそうです。

それだけ素晴らしい国だという事ですね。

しかし、これまで全てがうまくいった国というわけではありませんでした。

 

そんな南アフリカ共和国ですが、今回は、アラン・ペイトンさんを主に紹介していきます。

 

アラン・ペイトンさんは、幼少期からたくさんの体罰を受けて育つという恵まれない生活を送っていたわけです。

しかし、その影響から生涯に渡って彼は権威主義と体罰に反対をします。

※権威主義とは、その名の通り権威を利用して服従させたりする事。

生い立ち・経歴として・・・

彼は、まずナタール大学に入学をします。在学中には、学生キリスト教協会にも入ります。

卒業後、教職につくわけですが、そこから13年ほどの間、黒人感化院の院長をつとめ、反アパルトヘイト派の南アメリカ自由党総裁も務めていました。

また、黒人犯罪防止と刑法の改正、さらには人種差別撤廃を訴え続けたのです。

 

端的に申すと彼は、人種差別や人権侵害の反対を強く世間に伝えてきた方なのです。

アラン・ペイトンが具体的に行った改革制度

①オープンドミトリーの導入

②刑務所外での仕事

③家庭訪問

※オープンドミトリーとは…現代でいうシェアハウスのようなもの。もともとドミトリーは相部屋タイプの事を指します。

代表として上記のような改革を進めましたが、彼の改革には思いやりがある改革ばかりでした。

アラン・ペイトンの代表作『叫べ、愛する国よ』(1948年)の完成まで

アラン・ペイトンの代表作を調べるとタイトルが二つ出てきます。

『叫べ、愛する国よ』や『泣け、愛する祖国よ』など。

おそらくはこれは英語の訳し方の違いでしょう。

彼は、第二次世界大戦後に世界中の矯正施設を見学する事になります。

矯正施設とは…刑務所や、少年刑務所、拘置所、少年院などの施設を指します。

その世界中を飛び回る間に彼は、この作品『叫べ、愛する国よ』を書くようになりました。

 

ただ、残念な事にこの作品が初版発行されたのがアパルトヘイトが正式に制度化された1948年の年だったのです。

 

アパルトヘイトについて簡単に説明をします。

アパルトヘイト(Apartheid[注 1])は、アフリカーンス語で「分離、隔離」を意味する言葉で、特に南アフリカ共和国における白人と非白人(黒人インドパキスタンマレーシアなどからのアジア系住民や、カラードとよばれる混血民)の諸関係を規定する人種隔離政策のことを指す

wikiより

wikiには上記のように記載がされており、いわゆるアパルトヘイトとは、人種差別を可視化した政策になるわけです。

それまで南アフリカには人種差別をした法律等があったのですが、改めて法制として確率がされたわけです。

それではどういった事が当時南アフリカであったのか?

例えば、仕事において…

・黒人の給料が白人の給料の6倍、職種によっては21倍。

・黒人は白人が経営する農園、もしくは工場で働く事。

居住において…

・白人と黒人の住む場所を明確に区切る。

などとても多くの残酷な事が行われていました。

また、日本に一般的にある義務教育も当時の南アフリカ共和国においては黒人の義務教育はなかったわけです。

白人への教育の予算は黒人の10倍とも言われています。

有名な写真ですが、この写真には『白人専用』と記載がされています。

ちなみに海水浴場の看板です。犬は『犬の連れ込み禁止』という意味です。

このように数々の人種差別が行われていました。

 

このアパルトヘイトは1994年の全人種による総選挙まで続くわけですが、実に40年以上もこの制度が続いたわけです。

 

『叫べ、愛する国よ』では、人種的な不公平、人種的な苦しみなど償還という動揺の物語です。

 

Googleトップのロゴが表したアラン・ペイトンとは?

今回Googleトップのロゴで表したアラン・ペイトンは、電車で移動している中で『叫べ、愛する国よ』を書くためのインスピレーションを得ようとしている様を表現しています。

そして、このロゴのデザインでは『愛、非暴力、平等という基本的な人間の原則の為に戦った先見者の115歳の誕生日を祝福』

しているわけです。

アラン・ペイトンの代表作・予告動画

『叫べ、愛する国よ』予告動画

『叫べ、愛する国よ』は映画化もされております。

映画自体は、1951年に上映開始がされ、111分の製作はイギリスで行われています。

簡単なあらすじとしては

ヨハネスブクルから、クマロという人物あてに手紙が届きます。それは牧師からの手紙でした。

それは牧師から妹のガートルードを助けてほしい。さらに息子のアブザムロを探して欲しいという内容が記載されていた手紙でした。

すぐにヨハネスブルクに向かいますが、妹の変わり果てた姿に驚き、さらには息子がトラブルに巻き込まれていた事に気付きます。

黒人差別に反対をして活動を行なっていた息子だったが…

と続く内容です。

この作品は、まさにアパルトヘイトの真っ只中を経験したアランペイトンだからこその作品です。

親子という関係を通してアパルトヘイトというものを綺麗に表しています。

素晴らしい映画ですので是非ご覧下さい。

憎しみあるところに愛を

この作品は大学の講義(キリスト教学)などのテキストとしても使われる程有名な作品です。

こちらも是非興味がある方はご覧下さい。

 

 

アラン ペイトン生誕115周年のまとめ

アランペイトンについてご紹介をしてきましたがいかがでしたでしょうか。

彼のような存在が世の中を変えていくわけですね。

そして人々に影響を与えるのだと感じます。

彼の素晴らしい活動・想いを讃え生誕115周年おめでとう!!

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