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googleロゴ!!ヒップホップ誕生44周年記念!!DJクールハークってどんな人?

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8月11日はヒップホップが誕生をしてから44周年がたちます。

googleロゴもヒップホップのロゴに変わっていましたね。

今回は、ヒップホップについて記載していきます。

ヒップホップの歴史・背景はとても奥が深いです。要点をまとめて記載していますので是非ご覧ください。

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そもそもヒップホップって?誕生の歴史とは?

ヒップホップは1970年代のアメリカ・ニューヨーク・ブロンクス区でアフロ・アメリカ(アフリカ系アメリカ人・例えばオバマ元大統領など)、ヒスパニック系(メキシコ、キューバ、プエルトリコなどのラテンアメリカ出自の人を指します)の住民の間で行われたいた祭りから生まれました。

その祭りはブロックパーティとも呼ばれている祭りです。

その祭りは、いわば音楽・ダンスが主となる祭りです。

上記の写真は大阪にあるアメリカ村の三角公園で行われている様子ですが、まさにこのような祭りです。

ヒップホップのルーツは、西アフリカ文化とアフリカ系アメリカ音楽にあると言われてるんですね。

もともとは80年代あたりにヒップホップは…

・ラップ

・ブレイクダンス

・グラフィティアート

で構成されていたのですが、現在では…

・MC

・DJ

・ブレイクダンス

・グラフィティ

の4つで構成されているという説があります。

Hipは『かっこいい!』hopは『跳躍する!』という意味でアフリカ・バンバータさんが音楽やダンスだけでなく、ファッション・アートなどを黒人の創造性文化として『黒人の弾ける文化』という意味を込めてヒップホップと略したんですね!

いわば黒人の方のヒップホップは文化と言っても過言ではないです。

ちなみに、ヒップホップの生みの親がアフリカ・バンバーダさんです。あとで詳しく記載します。

ブロンクス地区でヒップホップは生まれたのですが…

もともとその地域は貧困でドラッグにおぼれる人、ストリート・ギャングが多いかったんですね。

建物も古いものばかりの街だったんです。

1970年代当時、世間ではディスコが大ブームだったのですが、貧困なアフリカ系がディスコに行くお金もないという状態です、

お金がないので公園にいき、そこで音楽を楽しもう!となったんですね。

そこで登場してきたのが…ターン・テーブル(レコード・プレーヤー)。これを回すなかでダンサーが踊る。そして、グラフティー・アーティストは建物や列車に落書きをし、MCがラップをするといったことです。

これがいわば、ヒップホップのオールドスクールの始まりである。

そんな中、登場したのがまさに3人のカリスマです。

その3人とは、クール・ハーク、アフリカ・バンバータ、グランド・マスター・フラッシュの伝説のDJ達のことを指します。

この3人は、ヒップホップの歴史では、元祖と称されている。

ヒップホップの歴史・経歴を10個にまとめ

ヒップホップの歴史を簡単に10個にまとめました。

①1973年8月13日 → DJクール・ハートの初めてのブロックパーティ。これがヒップホップの始まり。

②1977年 → スクラッチの発明。スクラッチはグランド・ウィザード・セオドールという人物によって発明されたのだが、これもヒップホップの文化として根付き始めます。

③1979年 → ヒップホップのレコードが初めて出された。シュガー・ヒル・ギャングというグループが出したのですが、ラッパーズ・ディライトはディスコトラックが原本となりヒットしました。

④1986年 → ヒップホップが初めてのグラミー賞をとる。Run DMCが初めてノミネートされます。

⑤1988年 → Source MagazineというHipHop専用雑誌が発売された。これがヒップホップのバイブルとなりました。

⑥1988年 → ヒップホップ専門番組が放送されます。これがきっかけで世界に認知されるようになったといっても過言ではない。

⑦1990年 → ウィルスミスがドラマ出演によりヒップホップがもっと親しみやすいものに。

⑧1991年 → 楽曲のサンプリングが禁止されることにより、さらにヒップホップの音楽は新しい境地を求められるようになった。

⑨1997年 → 3月8日には、Notorious BIGノトーリアス・B.I.G.)というラッパーがイベントにて銃の乱射により死亡した。

⑩2007年 → グランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴ は、Rock and Roll Hall of Fame音楽博物館に認められた。

ヒップホップを知るなら3大DJを知ろう!

ヒップホップの構成要素でもあるDJ!

まずはこれからヒップホップを知っていく上で覚えておきたい3大 DJと呼ばれる方々がいます。

・『アフリカ・バンバータ』→ヒップホップという言葉作った方

・『クールハーク』→ブレイクビーツの発明者

・『グランドマスター・フラッシュ』→スクラッチ技術の普及

ヒップホップはまさにこの3人活躍がちょっとしたパーティで生まれた音楽を、世界で共通する『音楽ジャンル』にしたと言っても過言ではありません!

ヒップホップ生みの親アフリカ・バンバータさんって?

名前:アフリカ・バンバータ

生年月日:1957年4月17日 

出身地:アメリカ合衆国ニューヨーク州ブロンクス区リバーサイド

職業:ミュージシャン、DJ

アフリカ・バンバータさんは前述でも記載したようにいわば黒人の創造性文化を『ヒップホップ』と名付けたまさに張本人です。

もともとは1970年代にバンド活動を行なっており、1974年にラップ、DJ、ブレイクダンス、グラフィティなどの黒人の創造性文化を総称して『ヒップホップ』と名付けたのです。

ちなみに1974年11月がヒップホップ誕生月とも呼ばれています。

ブラック・スペードというギャングのリーダーでもある彼でしたが、幼い頃からレコードを集めるのが趣味だったんですね。

クール・ハークに影響されるのですが、そこからDJの技術も高くなっていくのでした。

それから、1970年代を過ぎるとギャングも消滅していきます。

それからヒップホップの専属の組織を作ることになるのですが、それが『ズール・ネーション』と呼ばれる組織です。

この組織がまたすごいのですが、当時はドラッグ、暴力等が多かったのですが、それを反対に正義や、平和、自由等を掲げた組織だったのです。

そして、それをきっかけにヒップホップを盛り上げていくことになるんですね。

アフリカ・バンバータの代表作『プラネット・ロック』

この曲はヒップホップ、ハウス、テクノの音楽シーンに多大な影響を与えたと言われてるそうなんですね〜!

是非一度聴いてみてください!

ちなみに、歌詞に日本語で『1・2・3・4(イチ・ニ・サン・シ)』と数を数える曲があるそうです。

ジェームス・ブラウンとのコラボ『Unity』

ブレイクビーツの発明家!クール・ハークとは?

名前:クール・ハーク

生年月日:1955年4月16日 

出身地:ジャマイカ

職業:DJ

ヒップホップ黎明期の3大DJの一人に数えられている方です。

人によっては『ヒップホップ界のゴッド・ファーザー』と呼ぶ者もいるとのこと。

DJの始まりは妹の誕生日パーティのためにレコードと機材を用意してから始めたのがきっかけだそうです。

それからDJを行なっていくのですが、彼の代名詞『ブレイクビーツ』ですが、ブレイクビーツをまさに発明した方なのですね。

ブレイクビーツと聞いてもピンと来ない方もいらっしゃると思いますので動画で表します。

ブレイクビーツは、楽曲の特定部分を2枚の同じレコードを交互にかけ、何度も繰り返すようにするのですが…

言葉では説明しづらいのでイメージが湧くように聞いてみてください。

ちなみに、このブレイクビーツが鳴り出してから踊り出すダンサーのことをBボーイというそうです。

そのBボーイと名付けたのもクール・ハークさんだとかという異説もあるみたいです。

当時はディスコが大ブームで、ディスコでは、流行のレコードを回していたんですが…クール・ハークは少し違ったんですね。

それが誰も知らないレコードを回して注目されることになります。

クール・ハーク/1540セドウィック通り

クール・ハークは以前キャンベルと呼ばれていました。

高校時代にはバスケットボール戦選手として活躍をしてから、『ヘラクレス』と呼ばれるようになり、落書きグループにそのあと加わり、『クール・ハーク』というニックネームがついたのですね。

そのあと父親からジェームス・ブラウンのレコード『セックス・マシーン』を手にいれることになります。

そして、そのレコードを手にいれたことをきっかけにパーティを『1540セドウィック通りのレクリエーションルーム』にて開きそこでサウンドシステムを持つようになります。

彼の最初のサウンドシステム

・ターンテーブル2台

・2チャンネル付きギターアンプ

・PAスピーカー

でした。

クール・ハークスは…

ジェームス・ブラウン『Give It Up Or Turnit A Loose』

ザ・ジミー・キャスター・バンチ『It's Just Begun』

Booker T & the MG'『Melting Pot』

これらの曲を流すことにより、新しい音楽として取り入れられ、あっという間にリスナーに受けいれられていったんですね。

この経験から、クール・ハークはヒップ・ホップ音楽の原本となるスタイルを編み出すことになります。

アメリカのテレビ番組ヒストリー・ディテクティブスではこのような言葉があったそうです。

『クール・ハークはダンスブレイクを延長し、ダンサーを踊らせ、MCにラップをする機会を与え、彼はヒップホップ文化革命の基盤を築いた』

クール・ハークはとてもすごい人なんですね。

スクラッチ技術を普及したグランドマスター・フラッシュって?

名前:グランドマスター・フラッシュ、本名はジョゼフ・サドラーです。

生年月日:1958年1月1日

出身地:バルバドス・ブリッジタウン

職業:ヒップホップミュージシャン、DJ

クール・ハークからDJを学びDJ活動を始めました。

オールド・スクール期の最も重要なDJとして言われています。

グランドマスター・フラッシュ・アンド・ザ・フューリアス・ファイヴとして、ロックの殿堂入りも果たされています。

また、3大DJの中でも一番のカリスマ性が強いとも言われています。

フィリアス・ファイブと活動を共にしていますが、『セイ・ホー!』と呼ぶ声掛けはフィリアス・ファイブから始まったと言われています。

グランド・マスター・フラッシュの代表作『ザ・メッセージ』

まとめ

簡単にヒップホップについてまとめましたがいかがでしたでしょうか?

ヒップホップの歴史はとても深いです。

少し調べただけでは難しい言葉も出てきますので完璧に理解をするのは難しいです。

ただ、少しでも『聞いてみよっかな!』と思って頂けたら幸いです。

是非、ヒップホップもたまには聞いてくださいね!

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