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【5分で読める本要約】大西康之|起業の天才!江副浩正 8兆円企業リクルートをつくった男
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今回は"起業の天才!江副浩正 8兆円企業リクルートを作った男"という本について解説します。

本書は、タイトルにもあるとおり現在、時価総額8兆円。任天堂や KDDI、UFJ銀行グループという、そうそうたる面々をしのぐ企業価値を持つあのリクルートの創業者、江副浩正さんの実態に迫る一冊でございます。

江副さんという方は、伝説的起業家です。

まず時価総額8兆円のリクルートの創業者であり、さらにそのリクルートを東大、東京大学在学中に学生起業しています。

  • リクナビ
  • ホットペッパー
  • じゃらん
  • ゼクシィ
  • スーモ

の前身となるサービスを昭和の時代に構想していたとんでもないお方です。

その頃はまだインターネットがない時代でしたので、今のGoogleがやってるような情報プラットフォーム機能を紙の冊子でやってのけたんです。

昭和のGoogleと言えるかもしれません。そして、同時に昭和のアマゾンでもあるんです。

というのも実は、Amazonで利益の半分以上をAWSというクラウドサービスで稼いでるわけなんですが、それと同じサービスの構想を昭和の時代に進めていました。

実は、江副さんは、歴史を紐解くとアマゾンの創業者ジェフ・ベゾスの元上司だったということも本書では語られています。いかがでしょうか。

ただあまり名前が知られていない。なんなら創業者であるはずなのにリクルートの公式ウェブサイトに名前が乗っかっていない。なぜなのか。

それはこの江副浩正男が伝説の起業家であると同時に戦後最大の企業犯罪、リクルート事件の主犯でもあるからです。

だから、公に名前が出てこないんです。すごい人生です。天才起業家としての大奮闘と、犯罪者としての転落、どちらも経験した彼の人生から学べることは非常に多いです。

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圧倒的な快進撃

学生時代から振り返らせてください。

学生時代、青春時代に江副さんのルーツがあるように思ったので、天才起業家、江副さんは、学生時代に以外にも劣等感やコンプレックスに悩まされていたようです。

江副さんは甲南中学、興南高校という関西の名門、おぼっちゃま学校に通っていました。

ただ彼の親は、お家柄、経営者とか権威のある仕事をやっていたとか、そういうわけではなく普通の学校教師をやっていただけなので学校の中では貧乏なほうでした。

しかも、小学生の頃は頭がいいと、そう言われてたから名門甲南中学に入学した者ものの、そこには自分より頭の賢い生徒がたくさんいて家庭環境だけじゃなくて学力においても劣等感を感じていたようです。

部活をやってもうまくいかないコンプレックス多めの暗い学生でした。

ただこの思春期に「自分なんてたいしたことない」、「自分より優秀な人なんてたくさんいるんだ」と、そう気づかされた苦い思い出がこの後の江副さんの人生に良くも悪くも大きな影響を与えます。

まず大学受験で良い影響が現れました。

「同じように勉強しても周りの優秀な人に勝てるわけがない」ということで江副青年は、皆が英語を選択して受験するところをドイツ語という誰も手をつけないような科目を選択して敵のいないところで勝負を仕掛けて、晴れて戦略勝ちで日本の最高峰、東京大学に合格します。

ただ残念ながら東大に進学しようが暗い性格は変わりませんし、お金がない貧乏な状況も変わりません。

そこで目にしたのが東大の大学新聞の記者ではなく、広告営業のアルバイト募集でした。

マスコミに就職したくて、大学新聞の記者の仕事をやるなら分かりますけども広告営業のバイトなんて誰がやるんだろうと思いますが、なんとそこにはバイト代、月収1万円の文字。現在の価値でいえば月収20万円と書かれていたんです。

貧乏な江副青年は、すぐさま飛びつきます。ただ騙されたんです。

よくある手法ですが、月収20万円というのは上手くいけばそういうこともあるよという理想的なモデルケースであって、実際は歩合制なのでうまくいかなければ報酬はスズメの涙ほどしかもらえない。

そんな仕組みがあったんです。

騙されましたが江副青年は落ち込んで何ていられません。とにかくお金がないわけですからは歩合制だろうと、何だろうとお金を稼ぐために営業を頑張ります。

とはいえ大学の新聞の広告なんかに掲載してくれるのは大学周辺の顔なじみの飲食店ぐらいです。

みんな、ただお付き合いで広告を出してくれてるだけなのでお金もちょっとしか出してくれないし、お店の状況によっては出してくれたりとか、出してくれなかったりとか不安定です。

これではお金が稼げないお金がもっと欲しいそう思って江副青年はとことん頭をひねりそこで大きなイノベーションが生まれます。

江副青年は今まで広告を出してくれたような顔なじみの飲食店を回るのではなくて、新規のお客さんを開拓しようと様々な会社に営業をかけて言ったんです。

ただの学生新聞なので発行数は多くありません。ただ東大のエリート学生が目にするという特徴があります。

その特徴から東大のエリート学生をターゲットに広告を打ちたくてしょうがない人がどこかにいるんじゃないか、そういう仮説を立て、江副青年は何と東大生を採用したい企業を狙い撃ちにして営業活動を始めるんです。

それが大成功します。

ちょうど日本国内では戦後の停滞ムードが終わり、高度経済成長を迎えるタイミングでしたので数多く勢いのある企業が生まれ、その企業側が事業を急ピッチで加速させたくて優秀な学生を大量に採用したくて飢えに飢えていました。

その時代のタイミングをドンピシャで捉え、江副さんが売り込む東大新聞の広告枠は飛ぶように売れていきました。

これは地味なようで非常に大きなイノベーションでした。

今ではリクナビとかマイナビみたいなウェブサイトを使って、大学生が企業の情報を収集しながら就職活動するというのが当たり前ですけども、当時は大学の推薦や親のコネなどで就職を決めちゃうことが一般的だったからです。

  • 東大生は就職活動のためにもっと企業のことを知りたかった
  • 企業側はもっと東大生に情報を知らせたかった

この両者の強烈な欲望をマッチングさせるというイノベーションを起こしました。これは冒頭にもちらっと言いましたが、まさに今のGoogleがやってることです。

Googleはユーザーが検索した行動をもとに、それにあった広告を提供しています。

お金はユーザーから取らずに広告を出したい企業側から取っています。

広告といえば広告なのですが、両者の欲望をうまくマッチングさせる仕組みを作っているので邪魔な広告にならない、なんなら邪魔であるはずの広告をユーザーが見たくなるようなコンテンツに変えてしまったんです。

ネットのない昭和の時代に紙の冊子を使ってGoogleがやりたいことをすでに実現させていたわけです。

ただの大学新聞を一大事業に仕上げてしまった江副は、夢中になって就活生に企業の情報を提供する、そんな広告を作り続けます。

ただ夢中になるあまり、自分の就職活動を忘れていました。

そこで慌てて就職活動を始めたとしても東大生ブランドと、もうすでに一つのビジネスを作り上げたその実績があるのできっとどこの企業でも内定を取れたと思います。

しかしながら、江副青年は自分で会社を作るという選択肢を取りました。というのも、もうすでに江副青年は月収20万円、現在でいう月収400万円を大学生ながらにゲットしていましたのでそこからサラリーマンになるのはアホらしく思えたかもしれません。

ということで、リクルートのルーツとなる大学新聞広告社を設立。

東大だけでなく様々な大学の新聞の広告枠を取り扱う、そんな商売を始め、さらにそこから派生して企業への招待という全ての大学生をターゲットにした就職情報雑誌を作っていきます。

高度経済成長の真っ只中ですから企業側の採用熱はおさまりません。そのニーズを次々に捉え、新卒だけではなく転職のための情報雑誌、女性の転職のための情報雑誌まで新しく生み出し、事業をどんどん拡大させていきます。

これでもまだ江副さんの快進撃は終わりません。ついに採用情報以外にも取り掛かります。

というのも採用ニーズというのはどうしても景気に左右されやすいものなのでどこか不安定さを感じていました。

さらに事業を盤石なものにするために景気に左右されず情報収集ニーズも高い不動産情報に参入します。

今で言うSUUMOの前身です。

1970年代に入ってから不動産業界に参入した。このタイミングもさすが天才。またドンピシャだったんです。

1970年代後半から日本は土地の価格がどんどん爆上がりしていく時代に突入しますので、不動産情報のニーズは急速に拡大していきます。

また時代を先読みした江副浩正、まだまだ手を緩めません。1980年代になると紙の冊子の時代は終わる、そんな未来を予測して次は、IT化を進めていきます。

驚異的なのは、googleの創業が1998年ということからもわかるようにIT化の本格的な波が来る、10年以上前から江副さんはIT化に舵を切っていたんです。

1983年、まだゴリゴリの昭和の時代にオンラインで住宅情報を検索できるサービス。

気になる地域、価格帯を入力するとそれに応じたデータを探してくれる、そんなオンラインサービスを作っています。

たださすがにこれはあまりにも時代を先取りしすぎていました。

というのもまだ当時は間取りのデータを印刷しようとしても1枚印刷するのに10分近くかかるし、コンピューターを会社に1台設置するだけでも今のお金で言えば数十万円ぐらいかかる時代でした。

今ではそれがネットで不動産情報を検索できるSUUMOになってるわけですが、当時は4年ぐらい運用された後サービスは一旦終了を迎えます。

先取りしすぎて多少ミスをしてしまうが、江副さんは突き進んでいきます。次は今AmazonがやっているAWSと同じようなサービスをリリースする、そんな構想を立てます。

ただこのサービスを運用するためには、コンピューターからデータをたくさん送るデータセンターというものを作る必要があったんです。

ですのでそのデータセンターを広大な敷地を使って作ろうと実際に広い敷地を持つ、神奈川県川崎市の中枢となる人物は副市長みたいな方ですかね、そういう方と設置場所の交渉を進めていました。

本物の超巨大企業をアマゾンは日本から生まれることになるんじゃないか、そう思わせるようでした。しかし、そんなタイミングで1988年、リクルート事件が発覚します。

リクルート事件

江副さんはAWSのような世界を席巻するクラウドサービスの構想を叶えることなく、起業家人生を終え、犯罪者、巨悪の首謀者として世間に知られることになります。

ということでここまでは天才起業家、江副浩正の快進撃を振り返ってきましたが、ここからは一転してリクルート事件での転落について触れさせていただきます。

まず概要ですね、戦後最大の企業犯罪と言われるリクルート事件とは、さっくりで言いますと、江副さんがとても利益の出る自分の会社の株を超大物政治家たちに賄賂として渡してしまった。

そんな事件でございます。

ただこれは表向きのざっくりとした話でして、その裏側にはかなり怪しい影が見え隠れしています。江副さんが意図的に大きな権力に潰されたんじゃないか、という見方もできるわけです。

まず前提として、江副さんは、新聞や広告代理店などマスメディア全体を敵に回していたということを覚えといてくださいということですね。

江副さんが快進撃を続けていた事業、就職情報に関する広告、不動産情報に関する広告、このあたりの事業は、新聞とかマスメディアの得意分野であり、大きなお金が動くドル箱ビジネスだったわけです。

なのに江副さんは、そのような大手新聞がやっていた仕事を雑誌で奪い取ってしまったんです。

大手マスメディアが守ってきた既得権益を明らかにぶち壊すような、そんな商売をしていました。

新聞とかテレビに広告を出すっていうのは、むやみやたらに高いので広告を出す企業側としてはリクルートのサービスが良いと思われていました。

リーズナブルに広告を出せて、しかも読者層が明確なのでターゲットに刺さって効果も高いリクルートの情報誌っていうのは非常に嬉しい存在でした。

ただその分、マスメディアからしたら憎らしい存在だったわけです。なのでリクルートは本書にも書かれていますが、大手マスメディアから明らかな圧力嫌がらせを受けていました。

ただ、江副さんもそれでおとなしくしてるような人ではないので対抗します。

大手マスメディアからの圧力への対策の一環として政財界との人脈を固めていきます。

江副さんは天才的な先見性を持っていましたので、政府が開催するような有識者会議に呼ばれるためにその知識を提供しております。

自分の知識、先見性を使って政財界と繋がる、そんな形で大手メディアに潰されないように守りを固めていきました。

ただ、自分の知識を提供するまでは良かったですけども、その一環としてより強固な関係を結ぼうとした結果、江副さんはこれから上場する予定のリクルートコスモスというリクルートの子会社の株、いわゆる未公開株まで渡してしまったんです。

細かい説明は省きますが、上場前の未公開株というものは、ほぼ全てが終了した瞬間に爆上がりします。

もちろん上場しても人気がない銘柄であれば落ちる可能性もあるけども、リクルートがノリに乗ってる時の、さらに不動産の市況が非常に良い時の不動産関連のリクルートの子会社となれば価値が上がることは明白でした。

そして結果としてやはり、リクルートコスモスの株価は爆上がりしました。

一例を出せば前半でお伝えしたように江副さんは川崎市でデータセンターを作るために川崎市の中枢となる人物にお近づきになりたかったので未公開株を渡したわけなのですが、その人は約1億円の利益を手にしています。

さらに川崎市の偉い人だけじゃ話はおさまりませんでした。なんと江副さんは日本のトップオブトップのお偉いさん、例えば中曽根首相、竹下登首相、宮沢喜一、安倍総理の祖父の安倍晋太郎さんなどなど90人を超える政治家に株を渡していたんです。

それが発覚してしまったので新聞各社を始め、マスメディアは連日フルパワーで報じます。

それもそうですよね。

商売敵の不祥事なんて、こんな格好のネタはありません。しかも、この時期は庶民の不満が溜まってる時期でもありました。

バブルで不動産価格が高騰しすぎており、マイホームを買えなくなっていたり、消費税導入の動きがあったりと、その溜まりに溜まった庶民全員の鬱憤が全てリクルートのトップである江副浩正に向けられることになりました。

このリクルート事件、確かに江副さんの脇の甘さから生まれたトラブルであることは間違いありません。

ただ江副さんは、経営者としても完全に退場することになり、さらにリクルートの公式ウェブサイトにも名前を出せないほど、そんなひどい扱いを受けないといけなかったとかなり疑問が残ります。

というのも、そもそもこれは悪質な賄賂にあたり、江副さんは有罪になるべきだったのかも怪しいからです。

お金を渡したなら間違いなくそれは賄賂ですけども、理論上まだこれから価値が上がるか下がるかわからない未公開株を渡すことが賄賂にあたるのか、という疑問があります。

また仮にそれを賄賂とし、悪いものだとした場合は、なぜ中曽根首相、竹下首相、宮沢喜一、安倍総理の祖父の安倍晋太郎さん達は有罪にならなかったのか。

90人以上の政治家が株を受け取ったはずなのに政治家で起訴された人はたったの2名ほど。

「いや秘書が勝手にやってまして」と言い訳をして逃げ切れたんです。

結局、起訴されたり過酷な追求を受けて自殺に追い込まれたりしたのは秘書の人ばかり。悪影響を受けた人がピンポイントすぎる、立場によって扱いが違いすぎる、というのも非常に疑問が残るポイントです。

この拭えない疑問に江副さんも反論をしました。

約15年にわたって無罪を主張し続けましたが2003年に有罪判決が出ています。

そのままリクルートのトップの座からは完全に退き、その10年後、76歳で生涯を終えます。

実際に亡くなられたのは76歳の時でしたが、リクルート事件が起きた52歳の時点で実質、経営者としては死んでしまった、もしくは殺されてしまったという見方もできます。

戦後最大の企業犯罪リクルート事件、この事件を引き起こした根本的な原因は天才起業家が調子に乗りすぎてしまったといった理由からなのか、それともその快進撃を止めたい大きな権力が彼を社会から抹殺しようと動いたからだったのか、あなたはどう思われますでしょうか。

江副浩正からの教訓

時代のに二歩先、三歩先を予測して快進撃を続けたものの最後には壮絶なバッドエンドを迎える江副さんの反省から私は、

  • 「いかがわしくあれ」
  • 「機会は待つな、創り出せ」

という2点の教訓を得ました。

まず1点目のいかがわしくあれ、というポイントですが、本書でも江副さんを表現する言葉で、「いかがわしい」という言葉が出てきます。

江副さんはいかがわしい男だと。

いかがわしいという表現は言い換えれば、何をやってるのか分からないぐらい、怪しく見えちゃうぐらい時代を先取りした行動をしていたということでもあると思います。

時代の最先端をいく人は、カッコよく言えば今までにない常識を作る人ですけども、見方を変えれば非常識なことに本気で取り組んでいる人ともいえるわけです。

江副さんほどの伝説的なビジネスの成果を上げるためにもっと我々はいかがわしくならないといけないのかもしれません。

とはいえ江副さんは最終的にそのいかがわしさを追求されて転落していった。そんな一面もあります。

「いかがわしい方向に着き進むのはリスクだ」そう捉えることもできます。

もちろん犯罪はいけませんが、個人的にはいかがわしいからといってリベンジ不可能なまでに叩きのめすこの日本の空気感こそが犯罪なのではないかとも思います。

江副さんは、やりすぎたのかもしれません。

ただ江副さんの半生を聞いて多くの方が「やっぱり目立ちすぎていけないな」とか「時代の先を進み過ぎたらしっぺ返しを食らうんだなぁ」などと強くなったと思います。

その空気感こそが、この日本という国の癌なのかもしれません。

1990年頃からの日本の停滞を「失われた30年」なんてよく言いますけども、奇しくもそれはリクルート事件が起きた1988年とほぼ同じタイミングから始まっています。

あの象徴的な事件が日本人からいかがわしさをきれいに取り除きすぎてしまったのかもしれません。

確かに日本という国はよりお行儀が良くなったかもしれませんが、それによって失ったものってかなり大きいんじゃないでしょうか。

このとてつもないスピードで変化する時代に我々には改めて「いかがわしさ」が求められているんじゃないか、私にはそう思えてなりません。

続いて2つ目の教訓は「機会は待つな、創り出せ」です。

これは今のリクルートの公的な資料には掲載されていませんが、江副さんが元々生み出したリクルートの元々の社訓、「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」を短く私なりに言い換えたものです。

機会は誰かから、会社から与えられるものではなくて、自分の手で創り出すものなんだという、そういう内容ですがリクルート事件のせいもあって公的な資料に掲載されてないものの、今でもリクルートの中にDNAとして息づいてるようです。

その結果、江副さんが完全にいなくなった後も会社として成長を続けこのDNAを受け継いでリクルート出身の優秀な起業家も多く生まれています。

インテリジェンス、マクロミル、リンクアンドモチベーションなどなど、リクルート出身の起業家たちが一部上場にまでこぎつけているケースも多く見受けられます。

今もなお価値を生み出し続ける根源的な考え方が自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ、つまりは、機会は待つな自分で創り出せばいいのです。

江副さんは末端の社員にもよく「君はどうした方がいいと思う?」そう聞いていたそうです。それに対して「こうした方がいいと思います」と答えた社員には、「じゃあ君がやってみて」と大きな仕事を任せていたそうです。

このやりとりから学ぶことは非常に多いです。

サラリーマン個人としては大きな成果を残すにはやはり当事者意識が大切です。

これは自分の仕事なんだという強い気持ちがなければだめなんだということを逆に会社や上司がチャンスをくれることを、成長する機会を与えてくれることを指をくわえて待ってるような人には高い成果なんてあげられないということです。

また、もしあなたがいる部下をマネジメントするような立場にあるのであれば当事者意識を持たせられるようにとことん部下に任せる、その重要性が分かるかと思います。

これは私の勝手な予想ですけども江副さんは前半でもお伝えしたとおり思春期の頃に強く劣等感を感じる環境で過ごしました。

その影響があると思うです。

自分より優秀な人なんていくらでもいるという環境で価値観の土台が作られたからこそ最良に一人当たり600万円とか、異様にお金をかけてとにかく自分より優秀な人を採用する。

あとは、その人に当事者意識を持たせて任せる

自身が強烈なリーダーシップを取るのではなく、あくまで社員の自主性を重んじるというこの江副流のマネジメントは 江副青年のコンプレックスから生まれたのかなと思います。

採用の権限がない人にちょっと難しいかもしれませんが、もう自分では到底敵わないほど優秀な人を採用して、あとはその人の好きなように任せる。

これが最強の会社作りチーム作りにつながるのかなと思わされました。

 

 

今回は企業の天才という本について解説させていただきました。

時価総額8兆円の巨大企業リクルートの創業者、江副浩正さんの半生を振り返りながら…

  • 東大の大学新聞に今だかつてない採用広告を掲載した
  • 起業して無料の就職情報誌を作った
  • 転職、不動産情報の情報誌まで作った
  • 企業とユーザーをマッチングさせるというビジネスの礎を築いた
  • googleが創業する10年以上も前からIT化を進めた

そんな快進撃を続けたあと、リクルート事件で一発退場させられてしまった壮絶な半生を振り返りながら「いかがわしくあれ」「機会は待つな、創り出せる」という教訓についてもお話しさせていただきました。

そんな時にお行儀よくだけで生き抜いていけると私は思わないです。我々は、もっといかがわしくもっと貪欲に自らの手でこの自分の手で機会を作り出す必要があるのではないでしょうか。

 

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