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【5分で読める本要約】オードリー・タン|デジタルとAIの未来を語る
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本日ご紹介するのはオードリー・タン、"デジタルとAIの未来を語る"台湾の角と呼ばれる大鳥丹皆さんはご存知でしょうか。

IQ180の天才と言われ台湾のデジタル担当大臣を務め、このコロナ禍で近隣の店舗のマスク在庫を把握できるマスクマップの開発指導を行うなど、コロナへの対応が絶賛されたことで日本のニュースでも取り上げられていましたので見たことがあるよという人も多いかもしれません。

8歳でプログラミングを始めて以来、今まで約30年間にわたりデジタルの世界に関わってきた彼女。

本日はそんな彼女のテクノロジーとの向き合い方について書かれた本書を皆さんと一緒に味わいテクノロジーが世の中をどのように変えるのか、また人間はテクノロジーに対してどのように向き合って活用していけばいいのかについて学んでいきましょう。

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人間がAIに使われるという心配は杞憂に過ぎない

社会のデジタル化、AI化が進むことで私たちは多くの利益を享受することが可能になります。

そして、それと同時にネット環境の広がりによって仕事のやり方も変わってくるんです。皆さんもご存知のことでしょう。

例えば、新型コロナウイルスの感染防止対策としてリモートで仕事する人増えましたよね。

今ではリモートであってもそれほど問題なく仕事ができるということを多くの人々が理解しています。

もし新型コロナの流行が20年前に起こっていたとしたらこうはいかなかったでしょう。

今はどこにいても仕事ができる時代です。その一方で、機械やAIが発達しすぎると自分たちの仕事が奪われるのではないかと心配する声もあるんです。

それに答える前にまずは現状確認。今のAIのレベルを見ておきましょう。

現在のAIは小学校1年から2年生のレベルに達しているのでこれは赤信号、これは青信号というような初歩的なことは教えなくてもわかるようになっています。Googleがたまにこれは「横断歩道ですか?」「これは車ですか?」と聞いてくるのを見たことがある人もいるでしょう。

以前は英単語や数字が表示されて、入力してくださいというメッセージが出ることもあったと思います。

これは私たちがその答えを入力することでGoogle のAIを育てるような仕組みになっているんです。

現在のAIは英単語や数字をもうすでに学んでしまっているのでそのような入力の必要がないんです。

「どれが信号機ですか?」という質問もほとんどされることがなくなってきました。おそらく交差点もすぐに認識するでしょう。

最近表示される質問が車や横断歩道など交通関連に偏っているのは、Googleが自動運転のために交通関係の認識技術を向上させる目的があるのかもしれません。

もちろん最初は誰かがこのように答えを入力するラベルを貼るという作業を行う必要があるんですが、こういった作業っていうのは過渡期のものである程度までコンピューターが学んでしまえばもはや人間が自ら入力する必要は無くなります。

その意味で言うならAIを育てる仕事はAIに奪われると言えるかもしれません。

しかし、もともとあったような仕事をAIが全てだいたいできるかと言えばそうでもないんです。

どれだけAIが進化したとしても最終的に人間の手で記録する作業がなくなることはありません。

この記録するという作業は非常に重要なんです。

データ分析をするにしても「このデータを参照して最終的な決断をしました」という場合、昔は基本的なことから高度なことまですべて自分たちでする必要がありました。

それが、今は基本的な部分については、AIに任せることができるようになってきたんです。

しかし、もちろん最終的な責任は人間がとらなければいけないことには、変わりありません。

たとえば本を出版するのなら編集作業は必要です。読者に提供する際に責任を負わなければいけないのは人間なんです。

さらに本を作る場合、上手な編集者と下手な編集者の違いは、1分間に何文字読めるかということではなく、膨大な言葉の中から独自の視点を抽出し、その独自の視点で記事全体に活力を感じさせることができるかどうかでしょう。

こうした仕事はAIにはどうすることもできないんです。

段落ごとのポイント、使われる名詞や専門用語などをデータ化してラベルを貼っていく作業が進んでいけば、もしかするとAIにも優れた編集ができるようになる可能性はあります。

ただし、その場合であったとしても最終的な責任は、判断した人間にあるのですからこうした仕事は人間にしかできないと言っていいでしょう。

また、最近どんどんクオリティが上がっている自動翻訳でさえも詩や小説などの文学作品になると簡単にはいきません。

人間が小説を外国語に翻訳するとしても訳す人によって翻訳作品は少しずつ内容に違いが出てきます。

こうした種類の翻訳はある意味で、もう一度捜索をしていることに等しいです。表面上は翻訳なんですが、実際には捜索と呼べます。

それをAIによって自動翻訳を行う、これはまだまだ難しいと言えます。

結局のところAIはあくまでも人間を補助するツールであるという認識を持つことが大切なんです。

今後、人間が行なっていた中間的な仕事の大部分はAIに任せることが可能になるでしょう。

ただ、最終的に仕事の品質や調整に責任を持つのは人間。そこさえぶれなければいいんです。

これからはこうした人間とAIの協力のモデル、これが標準になっていくでしょう。AIの目的っていうのはあくまでも人間の補佐なんです。

AIの判断に従っていれば間違いないということでは決してありません。

繰り返すようですが最終的な調整、これは人間が行う必要がある人間が行わなくてはならず、責任は人間が多いなくてはならないんです。

これは民主主義のシステムと同じと考えると分かりやすいでしょう。首相が言ったからといってそれが必ず正しいということではありません。

彼らが間違ったことを言えば私たちには言論の自由があるのですから、彼らの間違いを指摘し、より良い意見を提案することができるんです。

地位が高いからといって彼らの言うことは絶対に正しいんだと鵜呑みにしてしまうのであれば民主主義である必要はありませんよね。

それでは独裁体制と変わらなくなってしまいます。同様にAIが全て、AIが絶対に正しいという思い込みは怖いんです。

AIの方が計算が早くできるからAIの方がたくさんの情報をもとに判断できるからといって人間よりも優れているということではないんです。

そのそも人間とAIっていうのは失格するものですらないんです。人間と自転車を比較して自転車の方が早いからもう人間は必要なくなるとは誰もいいません。

AIも自転車と同様ただのツールなんです。大切なのはあなたがAIを使って何をするのか、ただそれだけなんです。

また、私達を不安にさせる説の一つにシンギュラリティの話があります。2045年にシンギュラリティが到来し、AIの能力が人間の能力を上回るという説です。

ここで言うシンギュラリティと呼ばれているものはそもそも私たち人間がAIというものを開発しようとしたために生まれてきた考え方に他なりません。

以前も世界終末時計とか核戦争までのカウントダウンというものがありましたよね。

あと何年で核戦争が起こり地球が滅びる、だとか地球は残っても人類の文明は滅びるだとか、さらには気温が上昇すれば今のような人間・人類の文明は存在しなくなるし生き続けるにはかなりの変化が必要だ、などと推測する人たちもいましたよね。

しかし、仮にそうなったとしてもおそらくそこで地球そのものがなくなることはないでしょう。

核戦争や気候変動は私たちの人間の文明というこの一つの層を破壊するだけに過ぎないからです。

こうした核戦争や気候変動と同じように2045年のシンギュラリティに向けてのシナリオに言及するのは、私たち人類はいずれ滅んでしまうから明日のことは何もやらなくてもいい、などということが目的ではないんです。

核戦争や気候変動で滅びないために重要なのは放射能の拡散を防ぐこと、あるいは二酸化炭素の排出量を減らすためにどうすればいいのか知ることです。

シンギュラリティだって同じです。考えるべきAIが存在する今の状況でいかにしてAIを活用するかということでしょう。

気候変動に関してでもAIに人間の補佐をさせて次世代によりよい環境を残す方策を考えることができます。

つまり、AIは人間をどの方向へ連れていくかをコントロールするものではなく、私たちがどの方向へ行きたいのかを再確認するための存在なんです。

AIが人間を超えることが良いか悪いかを問うこと、それは地球温暖化によってあらゆる場所で山火事が起こり海面が上昇して土地が水没し地球上で現在のような生活方式では生きていけなくなったとすれば、それが良いことか悪いことかと聞くようなものなんです。

あるいは核戦争が起きて大気圏全体が放射能で覆われてゴキブリ以外は生きていくことが出来なくなったとすれば、それが良い事か悪い事なのかと聞くようなものなんです。

ごちゃごちゃと言いましたが、結局のところ良いも悪いも判断できませんよね。人類が滅んだほうが地球にいいという人だっているんです。

つまり、現段階でそんな質問をされても的確な価値判断は誰にもできないということなんです。

大切なのはそういう仮定の話AIが人間を超えちゃったらどうするの、そういう話をする前にそうならないためには何をするべきかをじっくりと考えること。

シンギュラリティが私たちに示唆しているのは、もし私たちが今の生活様式を守り続けていきたいのであれば、現在、人間が発展させようとしている技術はこのまま開発し続けない方がいいんじゃないっていう事実なんですね。

今のまま二酸化炭素の排出が続いたり放射能汚染が蔓延拡大したり、あるいはAIが人間にとって変わり社会をコントロールするようになれば今の生活っていうのは間違いなく破壊されます。

その事実をまずは謙虚に受け止める必要があります。

AIが人間を超えるような子愛になったらどうなるかなどと考えることよりも人類はどの方向に進みたいのか、そのために何が必要なのかを議論する方が先なんです。

自分達の未来を思い描き、理想とする未来に向かうためにどうツールを活用していくのか、まずはそこを考えるべき。

まず最初に考えるべきはそこなのかもしれないんです。そこを考えた上でAIが人間を超えたほうがいいという結論が出るかもしれませんし、開発はある程度でやめたほうがいいという結論が出るかもしれません。

どちらにせよ、結局のところをAIが人間を超えるような事態になったらどうなるかということを考える必要はなくなるんです。

まとめ
  1. AIはあくまでも人間を補助するツールである、という認識を持つことが大切。
  2. AIは人間をどの方向へ連れて行くかをコントロールするものではなく、私たちがどの方向へ行きたいのかを再確認するための存在である。
  3. AIが「人間を超えるような事態になったらどうなるか」などと考えるよりも人類はどの方向に進みたいのか、そのためには何が必要なのかを議論する方が先である。

AIをただただ恐れるのではなく正しい使い方何のために使うのかを考えていきましょう。

興味や関心が見つからないのに大学に進学しても意味はない

時代の流れは加速していく一方で、10年前には通用した価値観がもう通用しなくなることもあります。

大学進学に対する価値観もその一つでしょう。台湾では新しい指導要綱が作成された際に高校3年生は卒業後に大学に進学せずそのまま社会に出てもいいけれど、その後に何かを学びたいと思えば再び大学進学の道に戻ることができるようになりました。

生涯学習というプロセスを考えるといつでも大学に行くことができる。これが大切だと考えそうしたそうです。

大学は常に存在しているので高校卒業のタイミングで無理して進学する必要はありません。

実際台湾の多くの18歳の若者たちはそう思っているんです。

ただ難しいのは、親が必ずしもそうした考えを共有していないということなんですね。

親の世代っていうのは日本でもそうですが、少なくともあと4年勉強してまずは学位を取るべきなんじゃない。

大学を卒業するべきなんじゃない、という考えを常に持っているんですね。

もちろん皆さん価値観は変化するっていうことを分かってはいるんだけど、自分自身の価値観が今の社会の価値観と食い違っているということに気がつくのは簡単ではないんです。

自分の周りには同世代の人が多く存在しますし、自分の価値観にあった人と仲良くなってしまうためにその価値観こそ世界を代表する価値観なんだと思ってしまうんです。

自分の価値観が全てではないということを知っているということと、実際に自分の価値観が全てではないと実感することには大きな開きがあります。

常に自分の価値観と、他人の価値観は違うんだっていうことを意識として保つようにしましょう。

大学に話を戻します。

著者は大学のどの学部で勉強すればいいのか?と聞かれたら私はいつも「何を勉強したらいいのかわからないのであれば、まだ勉強を始めない方がいい」と答えているといいます。

自分が解決したい問題があればその問題に取り組めばいいんですが、自分の方向性や問題が見つからない場合は大学に行っても何も役に立たないからなんですね。

一つ例をあげるなら、以前はYouTuberであることは個人的な趣味として捉えられていました。しかし、最近は有名なYouTuberの中にはテレビに出ているタレントより稼いでる人も多くいます。

昔は特定のテレビ局しかなく、芸能の仕事に就ける若者っていうのはほとんどいませんでした。

1,000人が芸能界に入ってもタレントとして注目されるのは極一にぎりだったんです。でも、現在はYouTuberであれば誰かのアシスタントになる必要もなく自分のチャンネルを立ち上げてそれがヒットすればすぐに有名になることができます。

実際に大学を卒業したばかりの人でもYouTuberとして自立して、学費のローンを全て完済したという人もいます。

これ以上何か言う必要があるでしょうか。自分の興味のあることを探してそれについて学び仕事として活かす、素晴らしいことです。

逆に自分が興味や関心を寄せるものが何もないのであれば、わざわざ大学に行く必要はないんです。

だからこそ、自分の興味や関心がどこにあるのかこれを探し出すことが先決なんです。

著者はこれからの時代は生涯にわたる学習能力が重要になると確信しているんだと言っています。

様々な分野を学ぶことに楽しみを見いだすことができれば人生の幅はもっと広がるでしょう。

楽しみながら学ぶのは決して悪いことではないんです。実際に今現在は誰でも無料で楽しく学ぶことができるような教材がたくさん存在しています。

ネットで検索すれば分からないことは全て見つかるようになりました。

こういったYouTubeの動画を使って無料で知識を得ることもできるようになりました。

いつでも誰でもお金があってもなくても学習できるような環境が整っているんです。そういった環境で自分から進んで様々なことに興味を持ち、学び、さらに専門性を深めたいと思うようなことができたら大学に行く。

それもまた一つの新しい大学のあり方なのかもしれません。また、著者は現在の教育についてプログラミングの言語とプログラミングの思考は別々に考えるべきだと思うと述べています。

日本の小学校でもプログラミングの授業が始まりましたが、子供たちが自分が興味のある問題や公的な問題を解決する以外の目的でプログラミング言語を学ぶというのは、外国語を学ぶ時に辞書に載っていることを完璧に暗記しようとするようなものなんです。

私自身も趣味でお遊び程度にプログラミングをするんですが、最初は言語を全て覚えなくてはいけないんだ、と思い勉強し挫折しました。

しかし、プログラミングというのは語学の学習方法ともまた違い、いくらでも辞書を引くようにネットで検索しながらパーツを組み立てていけばいいんです。

だからこそ、「基本だけ押さえたら自分が作りたいソフトを作りながらその都度調べていけばいいんだよ」という話を聞き、なるほどなーと思ったんです。

日常生活で使わないような単語を受験勉強で強制的に覚えさせられても日常生活では全く役に立たないように、プログラミング言語を何の目的もなしに学んだとしてもそれを生かすのは難しいでしょう。

自分の関心を脇に置いておいてプログラミング言語を学ぼうとすること、学ばせようとすることは今の日本の英語教育と同様、実際にプログラムを書ける人を育成できるとは限らないのです。

しかし、一方でプログラミング言語ではなくプログラミング思考を学ぶことは大切なんだと著者は言います。

プログラミング思考とは一つの問題をいくつかの小さいステップに分解し多くの人たちが共同で解決するというプロセスを学ぶことです。

最初から最後まで一人の力で解決方法を考えるやり方とは全く異なる方法を学ぶことでどの分野でも通用する問題解決の方法を身につけることができます。

このプログラミング思考っていうのは純粋なプログラミングを書くための能力や思考ではないんです。

これはデザイン思考やアート思考、デザイン思考、最近流行っていますよね。

こういうものに変えることができます。プログラマーがプログラムデザインをする際に重要なのはどれだけ多くのツールを持っているかではないんです。

これらのツールを利用して物事を見る方法や複雑な問題を分析する方法を訓練することなんですね。それが複数の人と共同で問題を解決するための基礎になるんです。

これがプログラミング思考であり、デザイン思考、アート思考なのです。

このアプローチを習得する人が増えることで気候変動など、より大規模な共通の問題をより多くの人が力を合わせて解決できるようになります。

大きな数字や統計データを見たり、地球規模的な問題に直面すると人間は何と小さな存在かと感じです。

こんな大問題に対処するのは不可能だ、と感じることがあるんですが、それはプログラミング思考ができていないからに他ならないんです。

一人で解決しようとするのではなく、共同でみんなで考えればいいと考えれば対処しなければいけない問題が大きすぎるとか手に負えないということにはならないんです。

そのような複雑かつ大規模な問題を把握する能力を養うことは社会に対する大きな貢献を行うことにつながります。

台湾では数年前から小中学校でプログラミング教育が始まっています。台湾の場合、中学生の段階でやや専門的なプログラミング過程を学びます。

それに対し、小学生の段階では、プログラミングのための素養を育てる過程を重視しているんです。プログラムの素養を育てる過程とはそれぞれの科目で先生たちが教えている内容をプログラミングを使って教えるようなことをさせています。

例えば、キーボードを打つことができなくても、使うことができる入門用のスクラッチというプログラミングソフトがあります。

このソフトを使えば音符の形をしたブロックをタブレットやモニター上でドラッグ&ドロップするだけで色々なメロディーを演奏することができるんです。

そのため音楽の授業でこのプログラミングソフトを活用することができるんです。

このようにプログラムを教科と切り離したものとして学ぶのではなく、音楽の授業の中で実際に使ってみることで学ぶ、これが重要なんです。

先生たち自身が自分とコンピューターが一緒になって一つのメロディーを作り出せるという感覚を育てることがプログラミング思考の素養を持つ子ども達を育てることに繋がっていくんです。

それは小学生にプログラミングの用語を強制的に覚えさせることとは全く異なります。

友達とそしてコンピューターと一緒にメロディーを組み立てる、プログラミングの思考を身につけることで自分一人で思考するのではなく、他人とそしてAIと一緒に思考することができるようになるんです。

それこそがAIとの共生なんです。

こうした形で自然とプログラムをつけていくようなそんな教育方法を取っていくことがこれから先の世界で生きていく力を身につけるためには重要なのかもしれません。

まとめ
  1. これからの時代は生涯にわたる学習能力が重要になり、そうした環境で自分から進んで様々なことに興味を持ち、学びさらに専門性を深めたいと思うようなことができたら大学に行くというのも一つの大学のあり方として重要である。
  2. プログラミング言語とプログラミングの思考は異なり、まずは根本であるプログラミングの思考を身につけるような教育をするべきである。

プログラミングの話は小学生、中学生の教育の話でしたが、私達がこれから先どうやって学んでいくかという点でも非常に参考になる話だと思います。

AIと人間の関係はドラえもんとのび太の関係が望ましい

  • AIを恐れるのではなく、AIと共によりよく生きる
  • AIと人間を比べて優劣をつけることは止める
  • どっちが優れているか、という競争しているわけではないと心得る
  • AIと一緒に思考することによって人間だけでは生み出せなかった価値を生み出していく

 

それがAIと生きていくということなのです。

AIがいくら進化しても人間にしかできない仕事がある。

この人間にしかできない仕事と言った時にクリエイティブな創造的な仕事を想像する人は多いかもしれません。

しかし、AIと囲碁を打てば、人間が今まで考えもしなかったような打ち方をAIはたくさん出してくるようにAIにも想像力はあると言えます。

新しい発想を生み出すことだってAIにはできてしまうんです。しかし、ここまでの話を聞いてきた皆さんならそれを怖がることもないでしょう。

AIが生み出してくれた発想と人間の発想を組み合わせ、より良い発想を作っていく。

機械にできることは機械に任せて、自分はより良い公共の価値を生み出すんだという考え方ができるようになっているはずです。

AIも、そしてあなたの周りの人もあなたと競い合っている敵ではないんです。自分が優れている、相手が優れている、という考え方はやめAIも周りの人もあなたも協力し合ってよりよい社会を築いていくパートナーとしての生き方として考えていきましょう。

隣の人よりも少し上手にできたことに達成感を求めるよりも、隣の人と協力して社会問題を解決できた時の方が喜びの度合いは大きいんです。

もし人と比べることで達成感を求めていたら、ある日、AIの方があなたの10倍素晴らしくなっているかもしれません。

するとあなたは不快に思うことでしょう。しかし、公共の価値を生み出すことに喜びを感じるように自分を再定義できたなら同じことを行っていても機械がAIが10倍の結果を出せば、10倍の公共の価値が生まれたんだと思い幸せを感じることができるようになるんです。

私たちはそうした価値を重んじる、これが大切であり競争原理、競争しているんだととらわれる必要はないんです。

誰もが社会参加しやすい、そんな社会を作るにはどうすればいいのだろうかと考える時、そこにAIが活用できるのであればAIに自分の仕事が奪われるといったことを心配する必要はなくなります。

社会にとっての利益をしするような方向を目指していけば人間世界はより豊かなものになるんです。

AIと人間の関係はドラえもんとのび太のようなものだと思ってください。

ドラえもんの役割というのはのび太くんがやりたくないようなことをさせたり、のび太くんに何かを命令して実行させることでは決してありませんよね。

逆にドラえもんがいるからと言って、のび太くんが自分の代わりにドラえもんに山登りをさせて自分は行かないということはありません。

また、のび太くんが勉強や外出が不要になるわけでもないんです。のび太くんを成長させるのがドラえもんの目的、またドラえもんはとても優秀なAIなんですが、のび太くんはドラえもんだけを信頼しているわけでもありませんよね。

家族がいて、クラスメイトがいて、先生がいて色々な場所で相互交流を図っているんです。

のび太くんはドラえもんが便利な道具を出してくれるからといって無条件にドラえもんを信頼しているわけではないんです。

私たちの生活におけるAIの役割というものを考える場合、ドラえもんとのび太くんのこのような関係は一つの恒例であり、それを幼少期から見て学んでいる。

私たち日本人はうまくAIと付き合っていく方法を自然と学んでいるんです。

それを怖がる必要は決してないということを覚えておきましょう。

まとめ
  1. 隣の人よりも少し上手にできたことに達成感を求めるよりも隣の人と協力して社会問題を解決することの方が喜びの度合いが大きい。
  2. AIと共により良い社会を築いていくことを考えると、AIが人間より10倍仕事ができるようになったとしてもそれをポジティブに捉えることができる。
  3. ドラえもんとのび太くんのような関係が私たちの生活におけるAIとの付き合い方の良い見本である。

AIとの付き合い方をここで一度再確認しこれから先もっとAIが身近になる社会を一緒に生きていきましょう。

本書はオードリー・タンの様々な知見が詰まった非常に考えさせられる、これまでの考え方を改めさせられるような一冊になっています。

是非これから先の社会の指針の一つとして皆さんにお手にとって読んでいただきたい一冊です。

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